森の夢

2010.6.12

 かつて信じていた絵本の世界、それは夢なのだと教えてくれた森の夢。どちらが現実で、どちらが夢か。そんなことよりも大事なことは、今わたしがいる場所は、絵本の中と森の中、どちらなのかということ。夢であれ現実であれ、わたしが今いるこの場所を大事にしていれば、十年後のわたしも、きっと大事に思い出すことが出来るはずだから。それを教えてくれた森の夢も、今はわたしの中でとても大事に眠っている。

「ここは……」

 声が聞こえる。近寄ってみると、その声はわたしに向けられたものだとわかった。

「ここはどこだ? 砂漠を歩いていたはずだ。瞬きしている間にここにいた」

 男。人間の男。疑問だらけの眼は、世界を巡ってわたしに戻る。

「やっと人に会うことが出来た。一週間も何も口にしていない。頼む、何か食料をくれないか」

大人。人間の男、の大人。今はもう森の一部となってしまったあの少年よりも、だいぶ大きな体を持っているから、たぶん大人なのだろう。それにしても、確かに聞こえた。わからない言葉の中に、微かに知っている言葉が落ちていた。わたしのことを人と言ったのだろうか。やはり、というべきか、まだ納得は出来ないが、自分が人間であることを信じてもいいような気がしてきた。

「おい、聞こえているだろ。頼む、水か食料を」

 疑問の眼から、怒りが見え隠れし始めた。わたしは、この獣のような男にさえ、命を与えなくてはならないのだろうか。そう考えつつも、水を与えようか、それともあの花を与えようか迷っているわたしも、この男とたいして変わらないのかもしれない。

「どうぞ」

 やはり、迷いながらも結果はいつもと同じ。男が嫌がらないように、警戒しないように、なるべく優しそうに見える笑顔を作り、なるべく姿を変えていない花を丁寧に選んで摘み取り、ゆっくりと差し出した。